札幌、中島公園の南側。護国神社の境内に、沖縄戦の戦没者を慰霊する巨大なコンクリートのモニュメントが建っている。一番下の幅は2メートル半。上に向かって一度細くなり、また広がっていく、複雑なアーチ。

そのコンクリートの中に、熊谷さんが組んだ鉄筋が入っている。

「完成した時に見に行ったら、感慨深かったですね」

そう言って、少し遠くを見るような顔をした。

鉄筋は、打設されたら二度と見えない。けれど、建物が建ち続ける限り、その骨としてそこに残り続ける。

「普通のマンションや学校、病院といった建物は、いつかは無くなるじゃないですか。でもあのモニュメントは無くならないだろうなって」

丸正誠伸興業株式会社。熊谷さんの祖父が創業し、父が引き継いだ鉄筋工事の会社だ。取締役専務の熊谷元太さんが入社して、20年以上になる。

東京から、鉄筋の現場へ

三代目、という響きの印象とは裏腹に、熊谷さんが家業の中身を知ったのは、入社してからだった。

大学は北海学園の経済学部。卒業後は東京の金融系の会社に就職した。資産運用の営業職で、手取りは2年目で30万円を超えていた。

でも、長くは続かなかった。

「そんなに必要だと思ってない人のところに、お金が増えますよって話をするのが……別に俺がやらなくてもいいんじゃないか、って思っちゃって」

体調も落ちた。1年で辞めた。次の仕事は、決めていなかった。

ちょうどその頃、父親が仕事で東京に出てきた。2人でご飯を食べながら、熊谷さんは言った。

「何も考えてないけど、仕事しなきゃダメなのは分かってるから、使ってくれ」

実家の会社に入ることになった。

学生の頃、夏休みに工場でアルバイトをしたことはある。鉄筋を切ったり、曲げたり。ただ、それが何に使われるのか、最後まで分からなかった。

「トラックで運ばれていくけど、これ作って売ってんのかな、って思ってたんですよね(笑)」

そのくらいの知識で、現場に出た。

鉄筋は、重い。

北海道の冬の朝、現場に着くと、鋼はこちらの体温を一瞬で吸っていく。手袋越しに指先が痺れる。それでも、東京にいた頃と比べれば、時間の流れがまるで違った。

「あっちでは毎朝5時半に家を出て、帰ってくるのは夜9時か10時。こっちはどんなに遅くても8時には家にいる」

現場は8時から17時。休憩が10時、12時、15時と入る。体は疲れる。けれど、日が落ちる頃には家にいられる。そういう仕事だった。

「社長の息子」として見られることは、多少あった。気を遣われることもあったし、容赦なくぶん殴られることもあった。それでも、嫌な人はいなかった。

仕事は現場で覚える。「あれやれ、これやれ」と言われた通りに手を動かしながら、少しずつ身につけていく。先輩から「ゴミを拾え」と言われることもあった。

「ゴミ拾いは下っ端の仕事かもしれないけど、誰かがやらなきゃいけない。誰かがやるなら、自分がやっても一緒でしょ」

鉄筋を組む手と、ゴミを拾う手。熊谷さんの中では、どちらも同じ意味のある仕事だった。

図面と缶ビールを持って、職長さんの家へ

2年目を過ぎた頃から、現場で手を動かすだけでは足りないと感じ始めた。終わった現場の図面や加工帳を持ち帰るようになった。なぜこの鉄筋を、この長さで、この本数、この形に拾っているのか。自分で読み解いていく。それでも分からないところが出てくる。そういう時は、図面と缶ビールを持って、職長さんの家に行った。

「分からないことがあったら聞きに来い。その代わり、休憩時間に聞くなよ、仕事終わってから家に来いって言うんですよ」

熊谷さんにそこまでさせた理由が、もう一つある。

入社して10ヶ月ほどした頃、同じ班に3歳下の若者が入ってきた。中卒で、ずっと建設現場を渡り歩いてきた立派な職人だった。鉄筋は初めてだったけれど、仕事の覚えが飛び抜けて早かった。

「才能や要領の良さでは、完全に負けていると思っていた」

その子も、同じように職長さんの家に通っていた。負けたくなかった。というより、負けないためにやるしかなかった。

その3歳下の後輩は、今も丸正誠伸興業のベテラン職長として、現場の第一線で働いている。

配筋検査が通った瞬間

丸正誠伸興業の現場は、札幌のマンションや学校、病院、商業施設と多岐にわたる。4〜5班に分かれ、それぞれが2〜3の現場を回す。

朝8時から夕方5時まで、鉄筋を組み、検査を受け、コンクリート打設の準備を整える。派手さはない。ただ、そうやって組まれた骨格の上に、人が住み、子供が通い、車が止まる。

数年経つと、熊谷さんも自分が仕切る立場で現場に入るようになった。

仕事で一番ほっとする瞬間は、コンクリート打設の前日だそうだ。

「配筋検査が無事に通って、『ああ、今回も打てたわ』という時が一番安心します。休憩時間も仕事のことを考えてしまうので、本当にリラックスできるのは、打設の時くらいかもしれないですね」

骨格は、隠れている。

そうして積み重ねた20年のなかで、いちばん記憶に残っている仕事が、冒頭のモニュメントだ。

図面を受け取って、熊谷さんはまず考えた。

なぜ、石や木ではなく、コンクリートなのか。

答えは今も、はっきりとは分からない。けれど、その問いは、現場に立つ間ずっと頭の片隅にあった。

施工中、昼の2時か3時頃。鉄筋を組んでいる最中に、拾い方を間違えていることに気づいた。会社に電話して、別の材料を持ってきてもらった。相棒と2人、夜の7時半まで残って、なんとか組み上げた。

後日、完成した姿を見に行った。

アーチが、そこにあった。コンクリートの内側に、自分の組んだ鉄筋が閉じ込められている。もう誰の目にも触れない。けれど、それがこの重さを支え、この形を保っている。

「普通のマンションや病院は、いつかは無くなる。でもあのモニュメントは無くならないだろうなって。何十年、何百年とそこにあり続けるんだろうなと思うと、すごく感慨深かったです」

その鉄筋は、外からは見えない。

先週もニセコ方面に行って、帰りに通ったそうだ。

「右を見ても左を見ても、あれもうちでやったな、って現場がいくつもあって」

今そこに人が住み、車が停まっている。建物の中で、熊谷さんの組んだ鉄筋は、誰にも見られずに働き続けている。

「役に立ってるんだな」

熊谷さんはそう言って、少し笑った。

骨格は、隠れている。


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